SBTライセンス受講後、日本代表のコーチへ! 指導者という立場から世界一を目指す!

SBT1級コーチ 大房和雄さん


SBTアスリートコーチとして日本代表を始め、スポーツ選手の指導を行う大房さんに、SBTの重要性を指導者の立場から感じたことを伺いました。

SBTと出会ったきっかけはなんですか?

13年前、父の勤める高岡向陵高校ハンドボール部の指導を任され、なかなか県内で勝てなかったのを、1年目にして県で優勝しインターハイに出場しました。これが大きな壁にぶつかるスタートだとは気づくはずもなく、完全に図に乗っていました。
当時スパルタの指導が絶対と信じ、毎日生徒の指導にあたっていました。2年目、3年目と結果を出すことができず、過去ワーストの結果で、しかも選手達が集団で大きな問題を起こしてしまいました。更にスパルタ指導に拍車をかけましたね。
ハンドボールでも結果を出し、競技を通して人間指導をするといった志で指導者となったのですが、全く真逆の結果に。学校にも父にも保護者の皆様にも迷惑をかけてしまう状態でした。

当時お世話になっている知人から、元気になるからと、SBT1級コーチでもある、居酒屋てっぺんの大嶋啓介さんの、夢エールというメルマガを紹介していただき、その中で西田文郎会長の存在を知りました。藁にもすがる思いで当時のショートセミナーへ行き、そこで衝撃を受けた「脳の出力・入力」の仕組み。
ハンマーで頭をぶん殴られた思いでした。言葉も生徒に罵声を浴びせ、いつも眉間にしわを寄せ…全部自分がダメだ…。SBTと出会ったのはその時です。

そして、SBT1級コーチのライセンス取得に挑戦し、初めて開催された大阪での1級ライセンス講座16期でSBT1級コーチとして認定して頂きました。

SBTアスリートコーチライセンス取得挑戦のきっかけとご自身の指導の変化

まず、SBT1級ライセンス取得時に作成したドリームツアーに「2020年全日本ユースのスタッフになる」という決意しました。そして長期ライバルと設定した大尊敬している日本体育大学の恩師である松井幸嗣先生にそれを誓ったのですが、なんと日本ハンドボール協会から全日本ユース代表コーチの依頼が来たのが、日本体育大学に遠征に向かう道中でした。鳥肌が立ちました。そこで恩師に相談し、全日本ユース代表コーチの仕事をお受けした訳ですが、ちょうどそのタイミングでSBTアスリートコーチの資格が新たにできるという案内が来たので、すぐ講座受講の連絡をし、これからの日本を背負う選手たちにSBTのノウハウを伝えることができればという思いで取得に至りました。

SBTアスリートコーチになった後、スポーツの現場の指導で自分自身の変化した点はありますか?

SBTアスリートコーチとなって「どこのステージで何のため、戦うために今日があるのか」、ここの意識が圧倒的に変わったと思います。そうなれば必然的に選手達に対する問いかけも高くなるので、選手達の意識レベルも断然上がったと思います。
そして、練習の構成も選手の主体性を引き出すため、こちらから答えを与え練習するのではなく、選手に考えさせる時間がすごく多くなりました。そしてその答えに対して待ち、昔はイライラしていたのですが(笑)、楽しむことができるようになったと思います。

大房先生としては、初めてハンドボール男子ユース日本代表コーチに抜擢されたわけですが、代表選手達に関わる上で、SBT1級コーチの勉強をしていて良かったと感じた事は何ですか?

指導するのは日本を代表する選手達です。トップダウンで動かしても、この先、日本を背負う選手達ですので、自ら主体的に動ける選手でないと全く意味がないと思いました。監督はじめスタッフ全員が同じ思いだったので、脳の視点から日々の生活に至るまで問いかけできたことは非常に良かったと思います。

そして、2018年に香港で行われた東アジア選手権で、勝負所となる台北戦の前に、LMI法の指導をしました。日本はU‐19の選手達に対して、台北はU‐22の選手で、代表選手を擁していました。こちらの流れが悪い時でも、すごい雰囲気で戦うことができ、同点となり、本大会を準優勝で終えることができました。

ハンドボール男子ユース日本代表が、2018年のアジア選手権で準優勝されましたが、SBTの観点からみてその要因はなんだと思いますか?

ジア選手権の2カ月前に香港で行われた東アジア選手権に出場し、そこが私も、選手の大半も初めての国際大会でした。
そこでは、日本の常識が国際大会の舞台では全く当たり前ではない出来事がたくさん起こり、私も選手も動揺した点が多くありました。そのストレスとの戦いが大きく結果に左右してしまうということを感じ、出発前の事前合宿で、どんな最悪な状況が起こっても『だからこそ』を合言葉に切りぬけようと指導しました。選手やスタッフから口癖のように「だからこそ」が出てきていたので不利な状況でも切り抜けることができたように思います。

もうひとつ強く感じたのは、日本の高校生は、トーナメント戦に慣れているので、負けに対しての免疫が低いということがわかりました。実際予選リーグの初戦にはイランに敗退。次のメインラウンドにはバーレーンに敗退しています。敗戦後のロッカールームや、帰りのバスの雰囲気は次につながる雰囲気では無かったので、クリアリングのスキルを指導しました。見事に選手達は見事な感情の切り替えをしてくれたように思います。
そして、試合の流れでプラスの出力を徹底できたのも大きなアジア突破の要因になったと思います。

「SBTアスリートコーチ」として、大房さんにしか出来ない使命とは?

私の周りに、沢山の指導を頂いた熱のある先生が沢山おられました。しかし現場から離れたり、熱が冷めてしまっていたりといった現場の現実に直面しました。私自身も、間違った指導が正しいと信じ、エネルギーを間違った方向に使って苦しみました。そこに希望の光を当ててくれたのがSBTです。多くの選手や若い指導者にも希望の光を与えられるような、そんな指導者になりたいと思っております。そして私を育ててくれたハンドボールに微力ながらも力になりたいと思っております。

大房さんのこれからの「夢」

まずは、父が築いた高岡向陵高校ハンドボール部を日本一にし、学校や関係者の皆さんに恩返しをしたいです。
そして今年8月に開催される第8回男子ユース(U-19)世界選手権で初のメダル獲得といった夢を必ず実現します!!
そして、日本におけるハンドボールという競技が、日本中で愛され歓喜するメジャースポーツになるよう、力を注いでいきます。