平昌オリンピックで、「歴史的偉業」を達成 女子史上初金メダル2個獲得!高木菜那選手のメンタルコーチ

SBTマスターコーチ 飯山晄朗さん

平昌オリンピックで、女子史上初の金メダル2個という「歴史的偉業」を達成した高木菜那選手。
高木選手のメンタルサポートを行ったSBTマスターコーチの飯山晄朗さんに“サポート秘話”を伺いました。

高木選手 サポートのきっかけ

高木菜那選手のサポートをすることになったのは、リオデジャネイロオリンピック競泳銅メダリストの小堀勇氣選手の紹介でした。私が小堀選手のメンタルサポートを行い、オリンピック出場を果たし800mリレーで銅メダルを獲得。決勝での小堀選手の圧巻の泳ぎが52年ぶりのメダルを大きく引き寄せました。このことがあって、以前より親交のあった高木選手が小堀選手にメンタルサポートについて相談したのがそもそものきっかけです。
高木選手は「平昌オリンピックでなんとしてもメダルをとりたい」と自前で管理栄養士とメンタルコーチをつけようと考えていたようです。そのことを小堀選手に相談した際に、小堀選手は「チームにはメンタルコーチはいないけど、自分のメンタルサポートをしてくれている人はいるよ」と高木選手に言ったそうです。そして小堀選手から紹介を受けて、高木選手と面談することになりました。当初何人かの人と面談をしていたようですが、結果私と契約すると決めてくれました。

サポート当初の「SBTの観点からみた」高木選手の改善点

サポート当初は、なかなかいいイメージができず、うまく滑れないというイメージが先行していました。過去のレースの負けたイメージが強く記憶されていたんですね。それで何度も練習で確認していたのですが、なかなか具体的なイメージがつくれない、もっというと何をイメージしていいのかがわからないという状態でした。

サポート開始からの「高木選手の変化」

まずはイメージトレーニングの仕方からレクチャーしていきました。「メダルをとりたい」ではなく「メダルをとる」。そしてメダルを獲得して表彰台からの景色をイメージするトレーニングを始めました。最初はなかなか具体的にイメージできなかったことも、何度も繰り返して、ブレインノートも何度も書き直してメダルを獲得して喜んでいる自分をイメージできるようになりました。
順調に練習をこなしてきた高木選手ですが、次に起きたのは右膝のケガでした。毎日朝起きたら膝の状態を確認して、練習ができるかどうかを考える日々。周りはどんどん練習で追い込んでいるのに、自分は置いてきぼりになっていると思うと痛みをこらえて練習してしまう。そしてまた膝の状態が悪化するということを繰り返していました。このとき「もうだめかなぁ。選考会にも間に合わないかもしれない。もうやってられない」みたいなことを言い出したんです。ここでサポーターの出番です(笑)
「両親を喜ばせるんじゃなかったっけ?」「もうあきらめるんだ。菜那の思いはその程度だったのかな?」と何度も確認していました。そして「今は悔しい思いをしても構わない。すべてはオリンピックのメダルへのプロセスに過ぎないから」と励まし続けました。
ここで私が高木選手に伝えた言葉が、1月7日放送の「POWERフレーズ」(日本テレビ放送)で高木選手が紹介してくれました。「誰かのために滑ることが、最後の力になる」この言葉を自分の力にして練習に取り組んでいると言ってくれました。

平昌オリンピックに向け、行ったアドバイスとは?

未事に選考会を突破してパシュート、マススタート、5000mの代表選手として平昌オリンピックへ。そしてここでもまた苦難が…(笑)
最初のレースとなった5000mでまさかの最下位。思うような滑りができませんでした。ここで活躍するのがクリアリングプロセスです。予めつくっておいた言葉(L)動作(M)イメージ(I)を使って切り替えを行うようにアドバイスしました。そしてイメージの強化、レース前の言葉、動作も確認しました。そしてパシュートで悲願の金メダルを獲得‼これで気持ちが楽になり、最後のマススタートはプレッシャーから開放されてレース展開をしっかり見ることができ、余裕を持って2個目の金メダルを獲得。初代女王になりました。
実は、高木選手と二人で決めたことがあります。それは、「世界一小さい私が、世界のトップになる!」ということです。これをしっかり実現してくれました。本当に素晴らしいアスリートです。